湯築城跡 :(1999.4.25撮影)



場所:
松山市道後公園



歴史:

 道後温泉駅の脇にある道後公園は、かつて伊予を制した河野氏が君臨した湯築城がたっていたところです。
 築城したのは、建武年間に元寇の役で活躍した河野通直の八男で通盛だとされています。後の通直の治世に、豊臣秀吉の四国征伐にあい交戦1ヵ月の末に、包囲していた小早川隆景に降伏し、落城しました。
 天正十三年(1585)小早川隆景が河野氏に代わって伊予三十五万石を治め、湯築(湯月)城城主となりました。しかし、その後同十五年に筑前へ転封となると、福島正則が代わりに入城してきました。そしてその福島も一年余りで越智郡国分山城へ移封となると、慶長六年(1602)に加藤嘉明が伊予の国主となると、松山城の築城となり、湯築城は解体され、松山城の建築資材となってその姿を消しました。



年表:



私見:

 付近の人もあまりその存在を知られていないという湯築城跡。私が訪れた時はあたりをブルーのビニールシートで覆われており、ちょうど発掘作業が行われていました。遺構もそれとわかるものは少ないのですが、公園を取り巻く曲線の堀と、その内側にある土塁跡くらいでしょうか。守護大名の居城、湯築城という名前だけはよくしっていたのですが、地元ではずいぶん寂しい扱いをしているなと感じました。発掘作業に期待しています。