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福井城跡 登城日:(1998.11.21) 所在地: 福井市 |
| 歴史 |
徳川家康の次男、結城秀康は慶長6年(1601)に入国し68万石を支配した。ただちに城の建設に着手、同11年完成した。その縄張りは足羽川、荒川を天然の外堀とし、南を正面とする本丸を中心に山黒丸、二の丸、三の丸が配され、北陸の要として威容を誇った。 4重5重の堀をめぐらす広大な平城で中心部は家康自ら縄張りをしたといわれており、本丸西北に高さ25メートルの天守閣があったが、寛文9年(1669)の大火で焼失、再建されなかった。現在、天守台のみ残る。本丸石垣は笏谷石(凝灰岩)一種類だけを用い、布積み工法による極めて精巧な石組みである。 残されている天守絵図によれば、外観は四層であるが、最上階の階高を高くとって二階分の床を張っており、内部が5階になっている。絵図では高さが、約28メートルあり、天守台を含めると約37メートルにもなる。 多くの大名が建設に参加したことから、多様な刻印(石に彫られた符合)が残り興味深い。松平氏17代の居城だったが明治になり櫓や堀は壊され本丸石垣のみ残る。昭和23年の福井地震で一部崩れたが同58年修復された。 『福井城跡案内板』より
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| 資料 |
| 私見 |
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