大野城跡 :(1998.11.21撮影)
場所:大野市亀山
歴史:
この城郭は原則として天正初期の築城術にしたがいはじめ山上曲輪に主力をそそぎ山下曲輪を付けた。しかしいちじるしく金森長近の人生観と戦術による工夫が加わって個性豊かにつくられている名城である。
特に天守台をつくっている野面積み石垣は全国でも数少ない見事なものである復興大天守第三層の昭和石垣は天正のものを見習い、旧城山下曲輪と深井から運んだ石で新造したものである。
城郭の大きさ
1:山上曲輪はおよそ13ヘクタールでそのうち本丸1ヘクタール多聞塀の長さ526メートル
2:天守台上階の面積は710平方メートル
3:山下曲輪の面積は8.47ヘクタール
本丸の組み立て
1:本丸は山頂を切って天守台だけを残し武器櫓、麻木櫂等を設備した
2:城郭全体が梯郭式で天守台も北東西の升形と南に帯曲輪をつけて2階梯である。
3:亀山山頂は二つの小丘に分かれていたがこれをけずらないで突貫工事で石垣を囲んで天守台にした。
4:天守台の形は亀が南向きに停止し東に小首を傾けた姿を象徴している。
5:石垣は天守表裏鬼門除けの入隅工法、横矢払いの屏風、流れ出隅、長橋等の堀をつかい長近の信仰を野面積み工法であらわした三尊石、防火用水「お福が池」等の施設があって実戦的な工法がとられている。
『大野城案内』より
年表:
私見:
寒い・・そのはずだ。11月だというのにまわりにはうっすらと雪が積もっている。その中を約20分かけて緩やかなスロープとなった舗装された登城道を進むと頂上に越前大野城の天守が見えてくる。雪化粧をして目の前に現れた天守にしばし目を奪われた。
中は資料館となっており、最上階の3階にあがると大野市を一望できる。