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墨俣城跡
登城日:(1998.12.6)
所在地: 安八郡墨俣町
 

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歴史
正面から見た美しい模擬天守です。  戦国の頃、尾張の織田信長は美濃進出の足場とするため洲股に砦に築こうと企て佐久間信盛、柴田等に築城を命じたが相次ぎ失敗したので大いに怒った。時に木下藤吉郎秀吉進んでこれに当たる。永録9年9月蜂須賀小六等の野武士2,3千人を率いて大小の長屋十棟、櫓十棟、塀二千間、木柵五万本分人夫一千人を使い夜を日に次いで普請を急がせた。七日程にて大かた城もでき一夜の内に塀櫓を押し立て塗り立て完成したように見せかけたので攻撃中の井ノ口の斎藤龍興の城兵八千余騎は驚いて敗走した。信長はその攻を賞し秀吉を城主をした。俗に一夜城という。秀吉出世の由緒ある城である。

『墨俣城跡案内板』より

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資料

私見
天守、いや資料館入り口  秀吉の出世城である墨俣には現在4層の資料館が立っています。やけに奇麗で、おまけに屋根上にはきらびやかに光り輝く鯱が鎮座している。中に入る気が全然しなかったのでとりあえずその周りをぐるっと回って帰ってきました。こんな立派なものを一夜城跡に建てるなんて。もうちょっと古びて簡素な感じにしたほうがよかったのではないだろうかと思うのは私だけだろうか・・
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