HOMEへ Check   Twitterでつぶやく  

余崎城跡
登城日:(2004.05.02)
所在地: 御調郡向島町立花
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
余崎城跡遠景  余崎城は、「芸藩通志」によれば村上吉充が居城していたとされている。弘治元年の厳島合戦により向島を得た因島村上氏は、この城を向島経営の拠点としてたのではないかとみられている。
 が、吉充の在城は短く、永禄十年(1567)には因島の青木城に本拠を移している。以後は村上氏の武将宮地大炊助明光の次男鳥居次郎資長が居城したという。

『日本城郭体系13』新人物往来社刊参照

【戻る】

資料
 

私見
少し斜面を登ってみました。写真失敗かな。  尾道側からしまなみ海道1つ目の島になります向島にもいくつか城跡があります。どうも因島に比べればかなり消滅してしまってるような印象をうけます。余崎城跡は向島の南端、観音崎の標高56メートルの城山にありました。燧灘にのぞむ、海上交通の要地だったようなんですが現在はレジャー施設建設時に破壊されてしまったようですね。ただ、その施設もつぶれてしまってるようなんですが立ち入り禁止となっており、確認することができません(涙)。
 岬の先端側からも登城道がありましたのでそちらを登っていきます。比較的緩やかな傾斜を登ってみると郭跡かと思われるようなところはあるのですが、上までは傾斜がきつくなかなか登れなさそうです。なかなかとりつけないまま山道を進みますと、民家の敷地になってしまってました。「ビデオ撮影してます」みたいな看板があり、侵入者に対しかなりナーバスになっておられてるようです。心ない城跡愛好者が頻繁に立ち入ってるのだとしたら・・ちょっと反省されられました。
【戻る】