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芦屋城跡 登城日:(2000.07.08) 所在地: 三方郡浜坂町、城山公園 |
| 歴史 |
芦屋城は戦国時代の武将塩冶周防守が居城にしていた城で、周囲を断崖絶壁に囲まれた地形は天然の要害となっており、海上交通を押さえるために築かれた城である。芦屋城は、天正八年(1580)羽柴秀吉が但馬を攻めたとき落城した。城主塩冶周防守は、鳥取城主吉川経家を頼り、翌年羽柴秀吉が鳥取城を攻めたとき、再び鳥取の雁金城と丸山城で戦ったがいずれも落城し、自決した。昭和59年発掘調査が本丸部分について行われ、建物跡や青磁・白磁・天目茶碗、古銭・硯などが多数出土した。 『芦屋城跡案内板』より
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| 資料 |
| 私見 |
ここへは2回目の登城です。城山公園となっているので車で本丸近くまでいけるんだろうと軽く考えて行ったのですが、ここは完全に裏切られましたね。車でいけるところまでいくと、まぁ景色はいいのですが、それ以外なにも有りません。そこから坂道を10分くらい登っていきます。頂上にNHK浜坂局の鉄塔があるせいか、登城道は車が通れる程度の幅があります。でもしんどいです。傾斜があるのでしょうかなぁ。途中には一切遺構は見つかりませんでした。それが頂上についても同じ感想です。「え、城山公園なのに?」って。 まぁ無理矢理コンクリートで復興されたのも興ざめですが、説明板ひとつないのもねぇ。でもこの芦屋城が機能していたころはさぞかし堅城を誇っていたのではないでしょうか。天然の岩がすっかり山肌を覆い隠すように武装しています。城主であった塩冶周防守も天下の羽柴秀吉軍と戦わなければまだまだやっていけてたのかもしれませんね。無理かな・・?
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