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姫路城
登城日:(2001.01.01→2007.05.27)
所在地: 姫路市本町68番地
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
動物園から見た大天守  姫路城が現在の縄張りとなったのは関ヶ原の合戦の翌年にあたる慶長六年(1601)から八年がかりで築城されたのがはじめである。当時の城主は池田輝政であった。関ヶ原の合戦の功績を買われて姫路城に入城した輝政は家康の次女督姫を室とし、豊臣秀吉が二十年前に築いた三層の城を五層七階の巨城にまで完成させた。
 縄張りは内堀に囲われた姫山を中心とした平山城で、最高部を本丸、そしてその前方に備前丸、帯郭、上山里郭をつくり、背部には腰郭、そして西部には西の丸を構えている。本丸部には五層七階の大天守を中心に、西小天守、乾生天守が連立式に結合された造りとなっている。

◆お菊井戸
 永正年間(1500年頃)、城主小寺則職の執権青山鉄山が主家横領を企てているのを、忠臣衣笠元信の妾(いいなずけ)で、青山家に住み込んでいたお菊が探知し、元信に知らせて城主の難を救いました。
 しかし、鉄山は浦上村宗等の加勢によって則職を追放し、一時主家を横領しました。
 村宗等を招いた饗宴の際、お菊を恋慕していた町坪弾四郎は家宝の十枚揃いの皿の一枚を隠し、お菊を責め殺し井戸に投げ込みました。
 その後、毎夜この井戸から皿を数えるお菊の声が聞こえたということです。やがて、元信らが、鉄山一味を滅し、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社の境内にまつられました。

真新しい桜門橋 ◆天守の特徴
 この天守は、17世紀の初め将軍徳川家康の女婿池田輝政が築いたものです。城郭建築史上からいえば、望楼型天守から層塔型天守への移行期にあたり、桃山文化の代表的な建造物です。
 外は五層、内は六階と地下一階の大天守と、三層の小天守を渡櫓で連結した連立式天守で、軒隅の反転、千鳥破風・唐破風の配合、軒裏化粧、白漆喰総塗籠の外壁と相まって、類なく優雅で壮重な趣があります。
 緑濃き自然林に浮かび上がった白亜の城は、あたかも空飛ぶ白露にも似て、気高く非常に美しいものです。ところが、内部は粗削りの軍事構造で、まさしく日本随一の城郭です。

姫路城跡案内板より

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資料
 

私見
 21世紀初めての城攻めです。5時起きで7時開門に間にあうことができました。まわりは結構人が集まってきています。元旦だけは特別開放ということで無料で城内に入ることができるようになっています。そのため姫路では姫路城天守閣で初日の出を拝むのが当たり前なのでしょうか。どんどん人が集まってきており、開門を待つ菱の門前はさしずめ市民マラソンのスタート状態です。日の出時刻が7:08ですから菱の門から天守閣の最上階までを8分で登らないといけません。
青空によく映えますね。  7時に門が開放されるや一斉に人波が走りこんでいきます。通常ならすぐ左に迂回して西の丸を通るのが常なのでしょうが、ここは埋め門から「る」の門を経由して備前丸を通って天守へと向かいます。ちょうどルートを逆行しているわけですね。
 まわりを観賞することなくひたすら天守閣最上階をめざします。天守入り口でスリッパにはきかえるとひたすら階段をのぼっていきます。今日だけは通常閉ざしている階段も開放してくれているようです。しかしそれでもとんでもない人の数。ただ登るだけの一方通行ですから最上階は満員電車にいるようです。それでもなんとか東側のポジションをキープすることができましたが既に7:10分です。とっくに日が出てしまっている時間です。天下の姫路城を10分で攻め落としていることよりも、間に合わなかったか!という思いが強かったですが、当日は曇り空のため日の出を拝むことができませんでした。
 その後は備前丸からきた道をそのまま戻りました。しかしせっかくだからってことで改めて西の丸から順に順路をたどって一通りめぐってみます。西の丸をおりたて「は」の門手前から天守を拝む景色は絶景です。残念ながら西側小天守が修理工事中のようで、足場がくんであり、美観を損ねているのがもったいないところです。
 21世紀の始まりを飾るのにふさわしい城攻めでした。
真新しい駒寄 喜斎門と駒寄(北側より)  姫路城にはちょくちょく来ているのですが、気がついたら全然ページを更新していませんでした。先日は桜門橋を撮りにいきましたが、今回は喜斎門そばに復元された駒寄(こまよせ)を撮影するためです。駒寄とは漢字のまんまなのですが、馬を繋いでおくための柵のことです。現在でいう駐車場ですね。(^^;
 写真をご覧いただいてもわかるかと思いますが、かなり拍子抜けするものでした。いや忠実に再現するならばこうなったのかもしれません、はぃ。文句はないんですが、「ふぅ〜ん・・・・」て。
 ま、姫路城にまた一つ新しい見学スポットが出来たことは素直に喜ばしいことだと思います。姫路城に来られた方はぜひご覧になってみてください。
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