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堀井城跡 登城日:(2003.01.02) 所在地: 小野市河合西町字構45〜46番地 |
| 歴史 |
堀井城は承久二年(1220)、赤松景能が築城した。四代廣景の時、嘉吉元年(1441)に嘉吉の乱が勃発し一時的に没落したのだが、享禄三年(1530)に堀井兵部長満が再興したようである。が、一方では「播城志」「播磨鑑」では城主の名に矢野彦三郎義純があがっている。
『中世城館調査報告』参照
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| 資料 |
| 私見 |
中世城館調査報告には詳しい住所が載っているのですが、意外と近くまでくるとよくわかりません。絶対にその辺を歩いている方に声をかけましょう(笑)。 が、この堀井城はなんとなくオーラが出ています。というのか、絶対にここだ!と直感でわかるんですよ。鬱蒼としげるブッシュがあり、近づくにつれてそこが方形状の地形を構成しており、その周りには土塁があり、さらにその周りには巾2メートル弱の堀跡が綺麗な形状で残っていることに愕然とさせられます。 まぁ明治地代に修築されたからというのもあるのでしょうが、それにしても見事な状態です。よくぞこんなところにあるもんだなぁと変な感動を受けます。周りにあまりにも藪が茂っているのと私有地なので踏み込むことまではしませんでしたが、唯一の侵入路である南側の虎口からは中の様子をうかがうことだけはできるようになっています。なかはフェンス(だったかな)で入れなくはなっており荒れ果てた状態であるように見てとれました。以前は地主の方が住んでおられたのだそうですが、今ではすっかり放置されっぱなしだとか。 また、この堀井城は付近にある小堀城同様に河合城の支城であり、水路で連結されていたらしいです。現在は田圃が広がっているので確認は困難ですが、往時は一体化した利用がされていたんでしょうね。
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