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清富陣屋跡
登城日:(2004.09.19)
所在地: 美方郡浜坂町清富字御屋敷
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
清富陣屋跡です。  宮城主膳正は二方郡一円を領し、寛永四年(1627)芦屋陣屋よりこの地に移り陣屋を構え、寛永二十年逝去し、後嗣なき故をもって家名は断絶、所領は没収され、陣屋は廃止された。
 宮城公は江戸幕府に仕え、将軍の側近で活躍すると共に、清冨村を町だてし、領内の村切れを推進し、岸田川をつけかえたりして、新田を開くと共に、陣屋の防禦を図るなどの事蹟が伝えられている。

『清富陣屋跡案内板』より

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資料
 

私見
石垣も残っていますね  清富陣屋跡は、清富集落から相応峰寺へと向かう細い道路脇にありました。手前に御屋敷橋があり、そこを通過したあたりから陣屋の跡地なのかなと思わせてくれます。現在は方形状を形成した台地となっており、石垣が2〜3段ほど残っています。奥まった静かな山間の集落にある陣屋跡はなかなか趣がありますね・・。
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