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久留美村大屋谷上付城

久留美村大屋谷上付城跡


登城日:(2008.03.16)
所在地: 三木市久留美字西ノ谷
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
丘陵上に広がるのは郭跡か  久留美村大屋内谷上付城は、天正期の羽柴秀吉による三木城攻めの際に丘陵上に築造された付城である。加藤光泰、横目衆が拠ったとされている。
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資料
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私見
横堀あとかな 久留美村大屋内谷上付城は、三木城の北方約2キロメートル、美嚢川が大きく北へ膨らんだあたりのすぐ北側の丘陵上にありました。東側から上がれるようになっていますが、かなり急な斜面です。踏み跡がありましたので一応ここがそうなんだろうと安心して尾根上にあがります。時々赤いスプレーでマーキングされていますがおそらく三木市が調査されているんでしょう。近隣の付城の数か所でこういうマーキングを見かけましたがまた近々調査報告書が出たりするでしょうか。
 さて、この付城は資料によれば東西90メートル、南北80メートル、西側には横堀と土塁、南側と東側には一段低い幅5メートルほどのテラス状の郭。そして東南隅には8メートルx8メートル、高さ1.2メートルの櫓台を有するとあるんですが・・・どこでしょう?(^^;;。
 部分的に城を感じさせる地形はあるのですが、あまりにも期待を膨らませすぎたのかもしれません。土塁や櫓台状の高台は確かにありますし、虎口も見受けられますがどうもすっきりできない城跡でした。そういえばここは『皇垣内山上』とも書かれているようですね。
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