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大塚城跡
登城日:(2002.05.03)
所在地: 三木市別所町朝日ヶ丘
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
直角に曲がった土塁跡  この付城は、三木城を兵糧攻めにするため築かれた30余りの付城の一つで、絵図「三木城地図」に描かれています。
 曲輪は主郭のみで、櫓台を中心に配し、その周囲を十字の形に土塁で囲み、南西に虎口(出入り口)を設けています。曲輪の広さは約3,600uで、古墳が所在する周囲を含めると約6,500uが残っています。
 土塁が十字形に四方に張り出しているのは、正面だけでなく側面からも攻撃できるように意識し築いたもので、これを横矢掛りと呼んでいます。
 櫓台は一辺約20mの隅丸方形を呈する高さ約5mを測る規模で、周辺に古墳(塚)が点在することから、古墳群中最も大きい古墳を利用して築かれたものと考えられています。このことからこの付城を「大塚」の名称を用いて「大塚城」と呼んでいます。なお、この付城を守った武将については、残念ながら分っていません。

『大塚城跡案内板』より

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資料
 

私見
藪に覆われてますが、主郭跡  朝日が丘団地内をあちこちと徘徊してるなかようやく見つけたのはいかにもという土塁がよくわかる状態で保存されていた大塚城跡でした。
 ここには大塚城だけでなく、周辺の付城の説明もあわせて書かれており、まずはこの大塚城に来られることをお勧めします。ホースランドパーク内の城跡や史跡の位置関係を把握することができるのは非常に大きいです。
 案内板にもあるような十字形とまでは確認できませんでしたが、部分的に直角に湾曲されられた土塁がよく保存されておりこれが横矢掛りなのかな、と思わせてくれるものがあります。
 でも・・・・三木城合戦って圧倒的な羽柴勢の力の前に別所方って付城を攻め込むほどの余力があったんでしたっけ?多少の反撃はしたみたいでしたけど。まぁそこまで用意周到な付城を用意してまで慎重に取りかかったということだけは確かだということは言えますね。そりゃ勝てないわねぇ。(笑)
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