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下土居城跡
登城日:(2003.04.06)
所在地: 相生市若狭野町下土井太田林山
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
下土居城近景  下土居城は文永四年(1267)、岡豊後守が矢野川と小河川とが合流する三角形の地形にある小高い丘の上に築城した山城である。この城に関する攻防は一切なく、岡氏が代々続いたのだが慶長五年(1600)の関が原の戦いにおいて岡氏が宇喜田秀家に属したために、以後は没落していくことになった。

『日本城郭体系12』新人物往来社刊参照

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資料
 

私見
南側にある削平地  たいした高さじゃないなぁと思ってましたのでたかをくくってこの下土居城にやってきました。南北に細長く尾根が続く形状の山にうまくあわさったような縄張りを有する下土居城へは墓地がつくられている西側からの石段をあがっていきました。
 墓地となっている一部分を除いて山全体はほとんど整備されていませんので藪が結構きびしい状態です。春先の今でこそましなんでしょうけどここはもう少し暑くなる季節ならばとても入り込めないでしょうね。しかもここは金属のフェンスが設置されており、山全体が防護されています。おそらく野生動物がむやみに麓に下りてこないための策なんでしょうが、これがさらにこの城跡を堅固なものにしてしまっているんです。一応入口を見つけ入ることはできましたが(汗)。
堀切り跡?  現在の城跡の状況なんですが、意外と地形はよく残っています。南端には削平地があり、そこに堀跡のような溝が横切っており、さらに削平地が続いています。それ以上は踏み込めない状態になっていて諦めざるを得ませんでしたが、うまく整備すると結構保存状態のいい城跡だと思いますよ。
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