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屋口城跡
登城日:(2003.01.12)
所在地: 小野市中谷町小字西山
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
稲荷神社がまつられている帯郭跡  屋口城は最初は依藤氏が城主であったとみられている。
 一方では「日本城郭全集」では、吉田左衛門尉伊賀守顕久が居城したとある。吉田顕久は足利尊氏に属し観応二年(1351)二月、加東郡滝野の光明寺合戦に出陣して、討ち死にした。
 のちに三木合戦の折には別所重棟やその臣下の吉田伊賀守盛秀が在城するようになる。
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資料
 

私見
主郭下のV郭跡。  屋口城は西山の山上に尾根上に広がるようにしてL字型に伸びています。北側からの細い道を南下していくと丘陵北端部に到着します。そこから城の中央部へとのぼり坂をあがっていきます。比高約50メートルの屋口城は主郭を最上部に位置し、その眼下にU郭、V郭、W郭と神社が建てられている帯郭などの郭群が見事に残っているのを確認することができます。
 主郭の西側にあたるV郭を奥に進むと左右に大きな掘切が見られます。これだけ見事な遺構があるのになんでなにも案内板が設置されてないのかなぁ・・と疑問なんですが絶対に行って損のない城跡です。
 ただ、一人でいくと怖い雰囲気はもっていますんでご注意を。(^^;とくに北側低地にある池の水の色といったら・・・・。
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