HOMEへ  

浦戸城跡
登城日:(1999.07.25)
所在地: 高知市浦戸
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史 稲荷神社となっている天守跡  鎌倉時代末期にこの地の豪族の城として築かれ、戦国期には長岡郡本山から高知平野に進出した本山氏の勢力下におかれた。永録三年長宗我部国親が当城を攻めて奪い、居城長岡郡岡豊城の支城とした。国親のあとを継いだ元親は天正十六年居城を一旦大高坂城に移した後、同十九年頃当城に移し、滅亡まで約十年間長宗我部氏の本城となった。
 慶長五年関ヶ原の合戦で豊臣方についた元親の子盛親は除封され、土佐は山内一豊に与えられた。長宗我部氏の遺臣らはこれを不服とし浦戸一揆をおこしたが、鎮定された。同六年当城に入った一豊は、同年九月から高知城の築城にとりかかり、同八年には新城に移り当城は廃城となった。主都としての城下町運営にはふさわしくなかったのだ。

『浦戸城跡案内板』より

【戻る】

資料  

私見 旅館建設時に発見された石垣  たまたまとった宿の裏山がこの浦戸城でした。そしてその城が一時的とはいえ土佐の本城であったということは驚きです。遺構は石垣と本丸跡などが残されていましたが、観光ホテルがどどーんと城跡に建っているし、高知市の取り組み方がよく分からない城でした。
【戻る】