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千早城跡 登城日:(2003.11.16) 所在地: 南河内郡千早赤阪村大字千早 |
| 歴史 |
元弘二年(1332)楠木正成が構築し、翌年五月まで百日間、藁人形等の奇策をもって鎌倉幕府軍の攻撃に堪えて建武中興の原動力となった難攻不落の名城である。標高約660メートルで、城の南(妙見谷)、北(風呂谷)、西(大手口=現在地)の三方は急斜面で、府道との比高は150メートル。東方だけが尾根伝いに金剛山に通じる天然の要害である。 五百数十段の石段を登ると四の丸があり、それより本丸までの奥行が約300メートル、その比高は約30メートルである。 太平記に、敵は百万騎、身方は僅かに千人足らずにて「誰ヲ憑(たの)ミ何ヲ待共ナキニ城中ニコラヘテ防ギ戦イケル楠木ガ心ノ程コソ不敵ナレ」とある。 『千早城跡案内板』より
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| 資料 |
| 私見 |
千早城は金剛山のロープウェイの手前のバス停そばにある千早神社への石段を登っていくことになります。車だと有料駐車場に停めることになります。ひたすら石段をあがるのは結構きついですね。山城というよりは神社への参道をあがっているというだけですが、うっすらと汗が出てきます。約15分くらいで千早神社境内に到着します。城の遺構らしきものはよくわかりません。が、そのまま真っ直ぐに進んでいくと本丸へといけますので大変なのは四の丸まででした。 上赤坂城攻略後でしたのであまり感動もなく、城址碑の写真をとり石段を降りていきました。
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