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安土城跡 登城日:(1999.01.31) 所在地: 蒲生郡安土町 |
| 歴史 |
安土城は、織田信長が天正四年(1576)に、天下統一の拠点として琵琶湖畔に築きはじめた大城郭です。豪壮華麗な天主や本丸御殿を山上にいただき、家臣たちの屋敷が山腹から山麓にかけて建ち並ぶ安土山の姿は、人々に新しい時代の到来を知らせたことでしょう。しかし、天主が完成したわずか三年後の天正十年には、信長の死とともに安土城は焼け落ちてしまいます。その後四百年余を経て、安土城はうっそうと茂る樹木や厚く堆積した土砂の中に埋もれ、樹間にかいま見る石垣や石段に、わずかに往時の雄姿をしのぶだけとなってしまいました。 このため滋賀県では、安土城跡の保存と活用を図るため、発掘調査とその成果に基づく史跡整備事業を平成元年から二十年計画で実施しています。これまで大手通とその両側に建ち並ぶ伝羽柴邸跡、伝前田邸跡などの屋敷地、城下町と天主を結ぶ百々橋口道と旧総見寺跡の調査を行い、安土城の往時の姿を明らかにしてきました。現在は搦手道や天主周辺の調査を進めているところです。また、発掘調査の終了した大手道や伝羽柴邸路については、環境整備事業を順次進めています。見学の方々にはご迷惑をおかけいたしますが、徐々によみがえる安土城跡の姿を間近に見ていただければ幸いです。 『安土城跡案内』より
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| 資料 |
| 私見 |
ようやく待望の安土城にやってきました。天気は快晴。駐車場にあった案内板にある注意の通り、登城する前にトイレを済ませると正面の石段を登っていきました。すぐ左手に旧羽柴邸跡が見えてきます。礎石の位置までしっかりと調査してあるのを見て、越前の一乗谷の町並みを彷彿とさせられました。続いて、旧前田邸、武井夕庵邸を見ながらくねくねと折れ曲がった石段を登っていくと二の丸跡地に出ます。そこから天主、本丸廟へといく道と、旧総見寺跡がある道との二手に分かれます。まず、本丸を目指しました。今までにはなかったほどの大きな岩を利用した石垣が威容さを誇っている印象を受けます。そして約5メートル四方の天主台が目の前に現れました。
そのすぐ上には本丸跡に立てられた信長廟があります。近年建てられたことが一目でわかる細やかな石垣で囲まれた廟は、周りが荒々しくて大きな一枚岩を多用した石垣であったせいで、なんかとても貧弱な印象を受けます。二の丸跡まで戻った我々は、次に左手にある道をとり、旧総見寺跡を目指しました。一気に視界が広がったそこは、そばに建っている木造の三重の塔よりもはるか遠く下のほうの近江八幡の水郷の眺めがとてもすばらしかったです。 まだまだ発掘、調査が進められている安土城はまたいつか訪れたい城のひとつになりました。おそらくますます往時の姿を蘇らせてくれることでしょう。
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