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深大寺城跡 登城日:(2002.02.18) 所在地: 調布市深大寺元町5−31−10、神大水生植物園 |
| 歴史 |
深大寺城が築城された時期、築城者も明らかになっていない。が、歴史上の文献にその名が出現してくるのは「河越記」「相州兵乱記」「北条記」などである。それらによると天文六年四月、扇谷上杉朝定が父朝興の死の跡を継ぎ、北条氏に対抗すべくこの城を再興したが、絶えず劣勢に立たされ、ついには居城河越城とともにこの深大寺城も落城してしまう。 北条の勢力圏内に入った深大寺城であったが、再利用した様子もないことからどうやらそのまま廃城となったようである。 新人物往来社刊『日本城郭体系5』参照
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| 資料 |
| 私見 |
京王線つつじヶ丘駅を下車し、京王バス深大寺行きに乗ること20分ほどで深大寺に着きます。城跡があるのはバス停から見て、深大寺と反対側の水生植物園内にありました。附近にあった周辺案内図によると5分以内で歩いていけそうなところです。「楽勝だな」と思いながら城跡の方向へ歩いていきました。が、その読みが軽率だったと後悔するのはもう少したってからでした。緩やかな傾斜をのぼりつめ、左手に会員制のテニス場があるのですが、そのあたりにあるはずの城跡がわからないのです。「絶対に案内板があるはずだ」と思っていましたので、テニス場をぐるりとまわりこむようにして金網の外側をあるいていきました。 そうしてるとやがてテニス場の敷地も越え、植物園のし切りがしてある金網にたどりつきました。そこでようやく発見することができました。深大寺城を。しかし・・金網の中です。そうなんです。この城跡は植物園の園内にあり、正面から入場料を支払わないと目にすることができない位置にあるのでした。せっかくここまでまわりこんできたのに、という悔しい思いを抱きつつ、植物園の正面にまわりこみました。 しかしさらなる衝撃が・・・月曜休園の看板です。完全に下調べ不足でした。せっかくバスにまで乗ってやってきたのに金網ごしにしかその姿を拝むことができないなんて。ま、それだけでも城跡の土塁跡も見れましたし、とりあえずそれでよしとすることで戻ってきました。 帰り際私と同じ悔しい思いをしている城好きなおじさんの登場で、少し救われたんですけどね。
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