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長沼城跡
登城日:(2003.02.22)
所在地: 稲城市東長沼
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史 長沼城址碑  この地はその昔、源頼朝に仕えた部将長沼五郎宗政一族の館(長沼城)のあった所といわれ『新編武蔵風土記稿』、また江戸時代中期建立され、明治の末年廃寺となった報恩寺の跡地でもある。

『長沼城址碑』より

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資料  

私見  長沼城跡へは京王相模原線「稲城」駅が最寄りなのですが、私はJR南武線「稲城長沼」駅から歩いていきました。約15分くらいでしょうか。
 駅から踏切を渡り、東長沼の信号をひたすらまっすぐに南下していきます。福祉センター前を越え、大きな道路を渡り目の前の川にかけられた橋のたもとに城址碑がありました。
 長沼城主である、長沼氏は武蔵七党のひとつ、西党日奉氏の流れをくんだ一族ですが今では宅地造成のためかつての地形も変えられてしまっているようです。そこから坂道をあがっていくと京王線「稲城」駅があり、そこにかかる橋が城址橋と呼ばれていることくらいしか城跡を感じることができないのかもしれません。
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