鹿野城跡 :(2000.5.5撮影)
場所:鹿野市鹿野城跡公園
歴史:
◆西の丸御殿跡
鹿野城跡の山城部分の曲輪の中で一番広い曲輪であり、入口(東の山側)付近に井戸があったという。曲輪の西半には南北七間半(約十六メートル)東西八間(約十七メートル)に礎石の配列が残っている。
これは初代藩主亀井茲矩の隠居所(西の丸)の跡といわれ、本瓦葺の書院造りの殿舎が建てられ、また海外の珍奇の材で一室を構えたという「唐木御殿」もここにあったのだろう。
◆天守台
天守九年(1581)気多郡を拝領し鹿野城主と鳴った亀井武蔵守茲矩は、慶長五年(1600)の関ヶ原役には東軍に組し、高草郡を加封され三万八千石となる(二代政矩のとき五千石を加え四万三千石となる。)
鹿野城(王舎城)の大改修は、この頃(慶長六、七年から十二、十三年まで)のようで、御城山の山頂(150メートル)に御天守を築いている。現在の天守台跡を見ると十メートル四方の礎石列の外側線と、その基底部に根石が残っており、この七間四方の石垣の上に本瓦葺入母屋造りの「三層の高楼天に聳え」ていたのだろう。
「鹿野城跡 案内」より