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妙玖寺台場跡


登城日:(2006.11.27)
所在地: 萩市大字堀内
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
妙玖寺跡とされる削平地です。  妙玖寺台場は、萩藩によって弘化二年(1845)築造された台場である。台場の詳細は不明。

◆妙玖寺跡
 臨済宗妙玖寺は、毛利元就の正室、妙玖の菩提寺で、1612(慶長17)年、この地に建立された。本尊は釈迦牟尼仏、脇侍は普賢・文殊菩薩、客殿は7間に6間、庫裏は6間に5間の広さであった。
 1869(明治2)年、万年寺に合併され廃寺となり、現在、西側の山手に石組の基壇が残っている。

『城郭・陣屋・要害台場事典』東京堂出版刊参照

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資料
 

私見
海に面した削平地は台場跡らしい雰囲気です。  萩藩が台場の候補地として上申したのが62箇所あったようですが、そのうちどれだけの台場がきっちり築造されたんでしょうか。萩城付近だけでも軽く10箇所は廻れるのですがほとんどが詳細不明で場所を特定することが難しい状態です。この妙玖寺台場はまだ分かりやすいほうで、萩城の詰の丸へあがる西側にある妙玖寺跡の削平地につくられたとされています。
 この日は朝駆けをしてみたんですが、まだ真っ暗な中指月山をうろつくのは恐ろしかったです(--;。決してよい子は真似しないでください。
 妙玖寺跡の案内が建っているところをさらに海側へ進むと視界が開けた削平地に出ます。海を見張るには絶好の位置ですのでここに物見を置くのは効果的ですね。よく見れば石が列石状に並んでいるものや数段積まれているのもありましたが寺のものだったのか、萩城のものなのかはよくわかりませんでした。ちなみに指月山の反対側にある山中矢倉跡も台場があったとか・・。もう台場だらけです。(^^;
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