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前ヶ崎城跡
登城日:(2002.09.29)
所在地: 流山市前ヶ崎字奥の台、前ヶ崎城址公園
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史 城址公園として残る前ヶ崎城跡  前ヶ崎城は、16世紀中葉から1590(天正十八年)頃まで、松戸市小金城を本拠とする高城氏の支城として機能したと考えられます。
 西・北・東側の三方を坂川とその支谷に囲まれた、標高16mの細長い台地上に立地し、水田面とは11mの比高があります。現在地から南160mと350mの二箇所に、かつて堀切りが存在していたといわれており、このことから3つの郭を直線状に配置した城と想定されています。付近には刑部郭・追手橋・馬場といった地名も伝承されていますが、城の施設と直接関連するかは不明です。
 公園として整備した範囲は城の中心となる主郭の部分で、西側は過去の道路建設によって失われていますが、東・西側には高さ3m〜4mの土塁が、東側の一部と南側には深さ約3mの空堀が見られます。また、南サブエントランスは以前から土塁が途切れており、この部分を郭の出入り口である虎口に、その西側の最も高い土塁を櫓跡とする考えもありますが、郭の構造や建物配置は明らかになっていません。

『前ヶ崎城跡案内板』より

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資料  

私見 前ヶ崎城主郭部、奥は土塁跡  前ヶ崎城は、前ヶ崎城址公園として綺麗に整備されており、非常に訪れやすくしていただいています。さらに高い土塁や、空堀跡等の遺構も確認することができ、たしかに城跡であることが間違いありません。特に西側にある空堀跡は非常に見事な状態です。
 が、最近どうもこういう人の手により「どうぞ見てやってください」的な城跡(悪意はないです。基本的には感謝してます)よりも、やぶを掻き分け山の中の遺構を探すといったスタイルに充実感を感じるようになっています。でもマムシや熊が出たりするのはダメ、ってわがままだなぁ>自分(笑)。
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