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奥沢城跡
登城日:(2001.02.14)
所在地: 世田谷区奥沢七町目四一、浄真寺
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
浄真寺  九品仏の浄真寺がかつての奥沢城である。
 奥沢城は東・北・西の低地に南から北に突出した比高5メートルほどの舌状台地の上に、世田谷城の出城として吉良頼康によって築かれた。現在も残る土塁などの遺構がつくられたのは天正十八年(1590)以降、いったん荒地となったこの地を名主七左衛門が寛文五年(1665)、寺地として貰い受けて、延宝六年(1678)、珂碩上人が九品九会の霊場として、ここに九品山浄真寺を開創したためである。東側の土塁は山門を造るために切り崩したのだろうといわれている。

参考文献:新人物往来社『日本城郭体系5』

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資料
 

私見
浄真寺の土塁  ローカル線(忘れました(笑))の小さな駅を降り、どこから見ても立派なお寺の正面から訪れました。が、情報とおりお寺の境内をぐるりと2m程度の高さの土塁がまわりを取り囲んでいます。この土塁がすべてかつての遺構だというのですから驚きです。都心の、住宅地内にこんなに綺麗に土塁が残っているなんて・・。
 西日本の石垣の城ばかり見なれている私でしたが、土塁もなかなかいいものだなと思いました。
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