HOMEへ  

宇都宮城跡
登城日:(2003.05.05)
所在地: 宇都宮市本丸町
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史 宇都宮城本丸跡  宇都宮城は鎌倉御家人と宇都宮惣検校とを兼ねた宇都宮氏の館だったのがはじまりだといわれている。南北朝期の宇都宮公綱・氏綱の頃に、堀を深くし土塁を高く積み上げ、郭を拡張するなどし、戦国期の城郭として変貌をとげていった。
 慶長二年(1597)、宇都宮国綱は豊臣秀吉の命により改易、その後浅野長政、蒲生秀行、奥平、本多、松平、阿部、戸田など諸大名らが歴代した。その間に宇都宮城はさらに拡張工事されていったが、現在はほとんどが破壊されてしまい、本丸周辺が公園化されているだけである。

『日本城郭体系4』新人物往来社刊参照

【戻る】

資料  

私見 二の丸跡で出土した石  関東七名城の一つに数えられる宇都宮城。金山城唐沢山城などを訪れた後だっただけにその落差には驚きでした。とは言え、都市の中にある平城の運命としては仕方がないものなんでしたね。
 御本丸公園として存在している現在はほんとここが城跡だったなんて知らない人もいるんじゃないでしょうかねぇ・・。城址碑も小さくて申し訳なさそうにありましたし。非常に寂しい状態でした。
【戻る】