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元番所台場

元番所台場跡


登城日:(2011.05.02)
所在地: 和歌山市雑賀崎
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
案内板に載せられている絵図 番所庭園となっている台場  番所庭園
 万葉時代神亀元年(724年)十月に、聖武天皇が大和の都から、お伴の公家・宮廷人達と、和歌の浦に行幸されました折、藤原卿がここ番所庭園の北側に広がる海「雑賀の浦」の漁火を見て、詠まれたと言われている次の歌は、あまりにも有名です。

 紀の国の 雑賀の浦に 出で見れば 海人の燈火 波の間ゆ見ゆ

 昭和五十一年に、宇治田省三和歌山市長は、犬養孝大阪大学名誉教授にお願いして、市域を詠んだ万葉歌十首と、その故地十箇所の現地を選んで頂き、そこにその歌板と歌碑を建立されました。犬養先生が、その中の一つに選ばれた「雑賀の浦」の歌板と歌碑は、近辺各所歩かれて決められた園内当時の場所に今も大切に管理されて建っています。
 番所庭園のあるここは、地図にも出ている様に「番所の鼻」と言い、平坦で海に長く突き出た地形で、紀州藩は海の防備見張りのため遠見番所を設けました。藩領の長い海岸線十数ヶ所に番所がありましたが、ここはその中でも和歌山城に最も近い番所として、狼烟場と共に重要な所でした。其の後、遠見番所は鷹の巣山上へ移転したので、ここは「元番所」とも呼ばれたのです。
 米国ペリーの来航(嘉永六年1853年)を機に、紀州藩も本格的に海防に取り組み始めました。翌年安政元年(1854)に家老三浦長門守御持場「元番所お台場」が構築されました。
 当庭園内大芝生の所にです。紀州藩の出した異船記には、この元番所お台場全体の鳥瞰絵図や大砲・鉄砲・人員の配置などが、詳細に記載されています(和歌山県立図書館蔵書)。
 ここ番所庭園は、和歌山市万葉めぐりコースであり、また瀬戸内海国立公園特別地区に指定された国の代表的景勝地です。特に同国立公園中の景勝地50ヶ所の中に選ばれています。また珍しい紀州青石(緑泥片岩)の海岸美も、ごゆっくりと、御楽しみください。当庭園は海に取り囲まれた地形のため、各自安全には、特にお子様には充分お気をつけ下さい。

『番所庭園案内板』より

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資料
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私見
雑賀崎台場がすぐそばです。  元番所台場にやってきました。現在は番所庭園(ばんどこていえん)として観光スポットの1つとして、そして美しい景勝地として整備、保存されています。たどり着くのはなんてことないのですが、入場料500円、駐車料500円が大きいですね(^^;。台場跡の様子を確認するのも現地の案内板に絵図が載せてありますので非常にわかりやすいです。今は台場の雰囲気こそありませんが、西にせり出した地形を活かしたものであったことはよくわかりました。北に隣接している雑賀崎台場もよく見えます。
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