HOMEへ  
   

和歌山県のお城

和歌山城跡にて
 和歌山県は紀伊と呼ばれており、戦国の動乱期には、北部には雑賀党、太田党が活発な動きをみせていた。また根来寺を中心とした僧兵勢力が台頭し織田氏、徳川氏の間にあって畿内をうかがう一大勢力でもあった。そして鉄砲が伝来するとさらにそれを入手し製作を行うようになり、寺院を中心とした僧兵集団となっていった。
 一方雑賀党は水軍力を強化し、一向宗を信奉し、信長勢力に対抗するようになり、また太田党もそれに従うようになった。信長後を引き継いだ秀吉に対しても抵抗を続けた雑賀党ら勢力は秀吉に紀州攻めを行わしめた。
 紀州征伐を終えた秀吉は和歌山の吹上に和歌山城を築き、弟秀長を入城させた。
 その後元和三年(1617)、徳川頼宣が紀州に封じられ和歌山の城下町を形成していった。また、頼宣の付家老であった安藤帯刀は田辺城に入城し、水野重仲が新宮城に入城した。こうして徳川家による紀州支配が確立することになった。

【画像で選択する】 | 【地図で選択する】
           
紀伊 5城       【戻る】
  名称 読み 所在地 登城日 お奨め
丹鶴城跡 たんかくじょう 新宮市 99.04.06 ★★
和歌山城跡 わかやまじょう 和歌山市一番丁 07.01.19 ★★★★
太田城跡 おおたじょう 和歌山市太田、来迎寺 99.11.21
根来寺 ねごろでら 那賀郡岩出町根来 99.11.21
元御旅所台場跡 もとおたびしょだいば 和歌山市和歌浦南2丁目 07.01.19