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堀内氏屋敷

堀内氏屋敷跡


登城日:(2011.04.30)
所在地: 新宮市千穂1丁目
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
全龍寺前にある案内板 堀内氏屋敷跡である全龍寺  戦国時代から近世初頭にかけて、奥熊野地方を支配した堀内氏の平城跡。
 周りが五町ばかりあり、四方を水堀で囲った屋敷であったようだが、現在は裏手(西方)と北方の一部にその名残の小川が残るのみである。
 堀内氏善は天正十九年(1591)、豊臣秀吉から熊野総地の支配権を許され、約六万石を領したが、関ヶ原の合戦で西軍に参加したため敗北した。
 堀内氏の勢力と、新宮城下町形成期の支配形態を考えるうえでも貴重な史跡である。

『堀内氏屋敷跡案内板』より

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資料
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私見
 新宮市街地の西方、寺社が固まったエリアの中、現在は全龍寺から新宮市立千穂小学校が建つ場所が堀内氏屋敷であったようです。全龍寺の案内板にもあるように北、西方に堀跡が残っています。隣接する新宮周防守屋敷とあわせてお手軽に2城訪問ということで次に行きましょう。
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