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犬山城 登城日:(1998.12.05) 所在地: 犬山市大字犬山 |
| 歴史 |
この城は、天文6年(1537年)現在の位置に天守閣が造営され、織田信長の叔父に当たる織田与次郎信康が城主となった。信康は、天文16年(1547年)斎藤道三を岐阜の稲葉山城に攻めたとき、戦死したので、その子織田十郎左衛門信清が城主となった。その後、何代か城主がかわり文禄4年(1595年)石川備前守光吉が城主となった。天正12年(1584年)3月小牧、長久手の合戦の際、豊臣秀吉は大阪より12万余の大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣を布いた徳川家康と対戦した。元和4年(1618年)成瀬隼人正正成が城主となり以後成瀬家の子孫が継いだ。 明治4年9代目正肥のとき廃藩置県により廃城となり、天守と櫓を除く外は、ほとんど取り壊された。明治24年濃尾震災で天守の東南の付櫓と西北の付櫓、石落としの間などが壊れ、二階も大破した。明治28年城を修理するという条件で、旧犬山藩主正肥に譲り渡され、成瀬家の私有となり現在に至っている。国宝の城で、個人の所有というのは、この城が唯一のものである。
昭和2年11月20日、昭和天皇が登閣された。昭和27年3月29日規制改正にともない、国宝に再指定された。全国で国宝に指定されている城は、犬山城のほか、姫路、松本、彦根の4つでその中でも、犬山城は最古である。 なお、この城は、伊勢湾台風などで破損がひどくなり、去る昭和36年4月から総工費約6千万円で、石垣のつみ直しと天守の解体修理が行われ、昭和40年3月20日往年の姿に復元された。 『犬山城案内板』より
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| 資料 |
| 私見 |
天守の近くにある駐車場に車を止め、猿田彦神社を右手に見ながら石階段をあがっていくと犬山城が見えてきます。途中鮮やかな紅葉を見ながらの登城は実に気持ちがいいもんです。回りがきれいに残されていて、ほんとうに「美しい」の一言です。又、四階の高覧の間から見える外の景色は絶景ですね。国宝だからでしょうか。通常は飛び降り事故などを防ぐために金網なんかで覆われているのですが、ここには一切ありません。それが又いいですね。この城が個人所有だなんて、なんてうらやましいんだ>成瀬さん。
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