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二条古城跡


登城日:(2006.09.15)
所在地: 京都市上京区武衛陣町辺り
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
二条古城の城域内にひっそり佇む古城碑  永禄十二年(1569)正月、三好三人衆によって将軍足利義昭の居館であった本圀寺を襲撃されたことを受け、織田信長が洛中の中央部に築城したのが二条古城である。この築城の際に多くの石仏を転用して石垣としたという記録がある。
 天正元年(1573)信長によって足利義昭が京を追放され、ここに室町幕府は滅亡となる。その時二条古城は廃城となったようである。後に誠仁親王の御所にあてられたが、安土城築城の際に資材が解体され、その多くが安土に運ばれてしまった。

『日本城郭体系11』新人物往来社刊参照

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資料
 

私見
二条古城の中心部には現在のお城?(^^;  京都市内でも貴重な観光スポットでもある二条城。そこから北東約900メートルほどのところに織田信長が築城したもうひとつの二条城がありました。ちょうど現在の平安女学院が建つあたりを中心に、東は烏丸通り、南は丸太町通り、西は病院があるあたりまでの規模だったようです。地下鉄烏丸線建設の際に当時の石垣が多く見つかったり、また後の発掘調査により堀跡が3箇所見つかったようです。しかし、この状態ではとても発掘したものを保存することはできないでしょうからまた埋め戻してしまったのですね。
 石垣が一部見られる場所があるらしいのですが、どこなんでしょうか。突貫工事を行い、石仏を転用した当時の石垣を是非とも拝ませてもらいたいです。
 たまたま仕事でこの辺りに来ていたところでしたのでついでにぶらぶら歩いてみました。平安女学院の北西隅に小さな城址碑を見つけました。碑があることは知りませんでしたので達成感がありましたよ(笑)。しかし、警備員さんの視線が怖かったので、冷静に写真を撮っている姿が怪しく映ってしまったかもしれませんが(^^;。
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