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明石城跡 登城日:(2000.01.08) 所在地: 明石市 |
| 歴史 |
明石城は信濃の松本から入部した小笠原忠真によって築城された。忠真は最初船上城に入り、元和五年から明石城の築城を着工した。城の資材には付近の廃城となった三木城、高砂城、船上城、枝吉城などが解体されて運び込まれた。本丸の西南寄りに五層の天守閣が予定されていたが、完成を見ることはできなかった。が、本丸の四隅には三層構造の乾・艮・巽・坤の四隅櫓が築かれ、二の丸、三の丸、西曲輪、帯曲輪には六棟二層の櫓があり、本三の丸には十棟の平櫓があった。 築城後、忠真は東門の前に千石堀をめぐらし、また北口には空堀二ヶ所を設けたが、この工事は幕府に無断で行われた為、忠真は豊前小倉へと移封されていったといわれている。 小笠原氏の後に入部してきたのは、戸田光重、大久保忠職、松平忠国、松平信之、本田政利と城主交替はめまぐるしく行われていった。そしてその後に入った松平直明の松平氏がそのまま明治まで十代続くことになるが、先の松平氏と比べ、こちらの松平氏を後の松平と呼ばれている。
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| 資料 |
| 私見 |
現在は、本丸四隅の隅櫓も巽、坤の2つだけが復元されています。神戸震災の際の修築工事が2000年3月にようやく完成し、真新しい櫓が公開される予定ですが、いちはやく1月8日に櫓だけが被いをはがされて、白亜の真新しい装いを披露してくれていました。次の日の9日に登城したのですが、残念ながら本丸への道はまだ工事中の為、侵入禁止になっています。なんとか2つの櫓を1枚の写真に納められる構図を探しましたが今回は見つけられませんでした。しかし、予想外の修復の出来には十分満足でした。毎日通勤で見ているんですが、なかなか行かないですね。夜はライトアップされ白く浮かび上がった櫓は幻想的なんですけど、私は明石城といえば石垣が一番目に飛び込んできますが。
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